文章を読まなくなった?

sleep_not read 日記

今回は、YouTubeで「ロザンの楽屋」というチャンネルを聞き流していて、考えてみたことです。

なぜみんな文章をちゃんと読まなくなったのか?

菅さん(動画左)が、菅さんの奥さんがメルカリで受けた質問内容を見ていて思ったことから始まるのですが、

沢山の質問が来るものの、質問内容が全部説明欄に書いてあることだったそうです。

中には、「身長160cmなんですが、似合いますかね?」というような質問まであり、質問内容にさらに疑問を持ったそうです。

ロザンの見解

文章の地位の低下が起きている

菅さんのこの状況に対する考察は、

ネットニュースなど、情報が簡単に手に入るが、その情報の誤字脱字が溢れすぎていて、文章を大事にしない人が増えたことにより、文章の価値が落ち、ちゃんと読まれなくなったのではないかというものでした。

宇治原さん(動画右)もそれにつけ足して、

SNSでの簡単なやりとりが増えていて、文章が正確かどうかより、早く内容が伝わればいいという感覚の方が優勢で、誤字脱字があっても直さない人も増えていることにも、文章の地位の低下を感じるという内容でした。

説明書が紙ベースでなくなったのも影響してるのではという話も上がり、データ状だと読まないということや、

RPGのゲームですら、行き先が常に示されており、考えて進めるということをしなくなったという話まで発展しました。

私の見解

欲しい情報だけ手に入れようとしている

このメルカリの話を聞いた時に思ったのは、欲しい情報だけ手に入ればいいので、それ以外をノイズと捉えているのではないかということです。

詳細が書いてある説明文を読むのがめんどくさいとか、

(例えば)洋服の肩幅がわかればいい/丈がわかればいい/配送方法がわかればいいとか、

と言ったような、自分にとって必要な情報だけをダイレクトに受け取りたいので、それだけ質問して回答を待つというスタンスなのかなと思います。

なので、「身長160cmなんですが、似合いますかね?」という質問を投げている人も、

この言葉だけで、

160cmだと着丈がこれぐらいになるとか、

なんcmの私が着るとこれぐらいなので、大丈夫ですよとか、

購入に踏み切る情報を返して欲しいのだと思います。

ネットで調べたら何でも出てくる時代なので、知りたい単語を入れればその情報が手に入るのが当たり前になっています。

ちょっと度が過ぎてくると、出てきた情報の真意がわからなくても、それっぽい情報が手に入ればいいという人も増えてきているように思います。

まったく関係のない人が、誤った記事により名指しで誹謗中傷を受けるということも、こういうことが背景にあるのかなと。

正しい記事でも切り取り方で誤解を与えてしまったり、詳細を読まずに判断したり。

実際に、記事を読まずにサムネだけ見て反応する人も多いようです⇩

終わりに

情報が手に入りやすい、ネット社会であるということは、悪いことではまったくないのですが、それによって起きている弊害もまたあるということですね。

文章を読まなくなっただけではなく、同様に表現力も落ちてきているかもしれません。

SNSのやりとりで、スタンプが感情を表すのにとても便利で多用されているわけですが、その分言葉で表現するのが苦手になっていたりしませんか。

また、自己啓発や情報のための読書は、内容を精緻にというより、大体の内容を把握するのが王道の読み方になっていて、読書家というのは、そういった本をいかに読んでいるかみたいな風潮もありますが、

小説のように、人の心の動きや情景描写などの表現力、想像力を掻き立てられる言葉の巧みさといったような、情報やテクニックではない、文章そのものの良さを感じることも、改めて大事だなと思いました。

色々な媒体がありながら、結局この自粛期間で伸びたのはNetflixやYouTubeという動画(映像)配信であり、文章媒体のもの(メルマガやブログなど)はそれに比べて伸び率が低く、マーケティング戦略的にもどんどん映像の方に重きを置かれていますが、

きちんと文章を読み、会話ができる人でありたい

と、YouTubeを見て思う私でした。

では、また


miko

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